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東京高等裁判所 平成8年(ラ)301号 決定

抗告人 坂上誠也

相手方 井草さえ子

被相続人 坂上八重松

主文

1  原審判を取り消す。

2  本件申立を却下する。

3  手続費用は、一、二審とも相手方の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告の申立書」に記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  本件記録によれば、以下の事実が認められる。

(1)  抗告人は、被相続人の長男であり、実家で被相続人夫婦と生活を続け、会社に勤務する傍ら、家業の農業を手伝っていた。昭和48年12月27日に妻則子と婚姻し、結婚後も実家で生活をしていたが、被相続人の妻はるゑと則子とに不和が生じたことから、昭和50年11月に実家を出て別居した。しかし、昭和56年ころ、被相続人が抗告人に自宅の改築と同居を提案したことを機に、被相続人夫婦と同居する決意をし、昭和58年4月に家族を伴い、改築した実家に戻った。改築費用のうち600万円は被相続人が負担し、残額については抗告人がローンを組み返済することとした。抗告人は昭和60年ころからは農作業にも従事した。

(2)  同居とともに、はるゑと則子の不和が再び生じ、則子は一時実家に戻ったこともあった。一方、被相続人夫婦も、抗告人夫婦に対する不信感から、冷蔵庫を居室内に置き、洗濯機も屋外に設置するなどして、抗告人夫婦と被相続人夫婦は、同居しながらも、食事や洗濯などの日常的な家事は別々に行うという生活形態を取るようになった。そのため、昭和59年11月25日に抗告人夫婦と被相続人夫婦が円満に生活をしていくために親族会議が開かれたが、効果はなかった。

(3)  昭和59年12月ころには、炊飯器のごはんが変色していたことから、はるゑが炊飯器に汚水を入れたのではないかと疑った抗告人とはるゑとの間に口論があり、昭和60年4月には、口論の末則子がはるゑを突いたことから、はるゑが3か月間接骨治療院に通院したこともあり、その他衣類が切り裂かれていたこと、金が盗まれたことなどを理由とする口論が、抗告人夫婦と被相続人夫婦との間に絶えなかった。

(4)  このため将来の生活に不安を抱いた被相続人は、はるゑに遺産を相続させ、はるゑが先に死亡すれば、抗告人を除く3人の子に相続させる旨の公正証書遺言を昭和62年1月7日に作成した。さらに、被相続人は抗告人を推定相続人から廃除する旨の公正証書遺言を同年10月15日に作成した。

(5)  被相続人は、遺言書作成後も抗告人夫婦と生活を続け、上記各遺言を撤回する意思を示すことなく、平成7年5月15日に死亡した。

2  ところで、推定相続人の廃除は、遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待及び侮辱並びにその他の著しい非行を行ったことが明らかであり、かつ、それらが、相続的共同関係を破壊する程度に重大であった場合に、推定相続人の相続権を奪う制度である。右廃除は、被相続人の主観的、恣意的なもののみであってはならず、相続人の虐待、侮辱、その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうかの評価が必要となる。その評価は、相続人がそのような行動をとった背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考量したうえでなされなければならない。

3  そこで、本件についてみるに、前記認定事実によると、抗告人と被相続人との不和は則子とはるゑの嫁姑関係の不和に起因し、抗告人と被相続人がそれぞれの妻の肩をもったことで、抗告人夫婦と被相続人夫婦の紛争に抗大していったものである。則子とはるゑは、頻繁に口論し、その結果お互いに相手に対する悪口、嫌がらせ、果ては暴力を振るうような関係に至っていたことが認められる。抗告人と被相続人も紛争に関わる中で、口論は日常的なものとなり、相手に抱いた不信感や嫌悪感を底流として、双方が相手を必要以上に刺激するような関係になっていったものである。そういう家庭状況にあって、抗告人がはるゑや被相続人に対し、力づくの行動や侮辱と受け取られるような言動をとったとしても、それが口論の末のもので、感情的な対立のある日常生活の上で起こっていること、何の理由もなく一方的に行われたものではないことを考慮すると、その責任を抗告人にのみ帰することは不当であるというべきである。

そうすると、抗告人の前記言動の原因となった家庭内の紛争については、抗告人夫婦と被相続人夫婦の双方に責任があるというべきであり、被相続人にも相応の責任があるとみるのが相当である。しかも、抗告人は被相続人から謂われて同居し、同居に際しては改築費用の相当額を負担し、家業の農業も手伝ってきたこと、被相続人も昭和58年から死亡するまで抗告人との同居を継続したことなどの前記認定事実を考慮すれば、抗告人と被相続人は家族としての協力関係を一応保っていたというべきで、相続的共同関係が破壊されていたとまではいえないから、抗告人と被相続人の感情的対立を過大に評価すべきでなく、抗告人の前記言動をもって、民法第892条所定の事由に当たるとすることはできない。

4  以上の次第で、本件推定相続人廃除を認容した原審判は失当であるから、これを取消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 小林登美子 田中壯太)

(別紙)

即時抗告の申立書

当事者の表示〈省略〉

推定相続人廃除決定に対する即時抗告申立

右当事者間の水戸家庭裁判所麻生支部平成7年(家)第202号推定相続人廃除申立事件につき、同裁判所が平成8年2月13日付けをもってなした後記決定は不服につき即時抗告を申立てる。

抗告の趣旨

一 原決定を取り消す。

二 本件推定相続人廃除申立を却下する。

三 手続費用は全部相手方の負担とする。

との判決を求める。

抗告の原因

一 原決定

相手方は、水戸家庭裁判所麻生支部に抗告人を相手方とする推定相続人廃除申立をなした(同裁判所平成7年(家)第202号事件)ところ、同裁判所は平成8年2月13日に「抗告人を被相続人坂上八重松の推定相続人から廃除する」旨の決定をなし、その決定は同年同月16日抗告人に送達された。

二 原決定の理由

そして、原決定の理由とするところは、抗告人夫婦の被相続人夫婦に対する侮辱、暴力及び嫌がらせは、昭和58年から開始され、被相続人が死亡した平成7年までの12年間という長期間に渡って継続され、しかも、その手段及び態様とも、陰湿かつ時には激烈なのを含み、決して軽度のものとはいえず、妻との平穏な老後を期待しながら、抗告人夫婦の行状に悩まされ続けた被相続人が抗告人を推定相続人から廃除する旨の遺言をするに至ったことは、無理からぬものというべきであり、抗告人は、被相続人に対して同人との相続的家族協同生活関係を破壊するに足りる虐待及び重大な侮辱を加えたものとして、被相続人の推定相続人から廃除されるべきであるというのである。

三 原決定の不当性

しかしながら、原決定が認定した抗告人夫婦の被相続人夫婦に対する侮辱、暴力及び嫌がらせ等の事実は実際には存在しない。原裁判所においては、抗告人に代理人がついていなかったため、抗告人に十分な反論の機会が与えられず、原決定のような認定がなされてしまったものであり、原決定には重大な事実の誤認があるので、違法である。

よって、抗告に及ぶ次第である。

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